Wordpressのサイトが1つつぶれた。整形外科救急

なぜか、WordPressでやっていたサイトが見れなくなったので、一時的にこっちにうつします。

 

当直で、整形外科救急のイロハを学んだ。

 

FOOSHの受傷機転で、鑑別としては、

年齢ごとに違うよと。

4歳以下なら肘内障

5歳以上なら上腕骨かじょう骨折

中学生くらいなら橈骨遠位端骨折(若木骨折)

成人なら、オレクラノン骨折か、橈骨頭骨折か

老人なら、橈骨遠位端骨折(明確骨折)

やっぱり、どういう骨折なのかあたりをつける、病気をしっておくことが、基本になるんだなと思った。

 

緊急オペになるのは神経障害があるときだよね。

神経障害出たらやばいから。すぐオペだ。

 

神経障害あるとき、脱臼直せないとき、開放骨折のとき、は整形外科を呼んでいい。

神経障害が残ったり、感染性関節炎になったら大変だから!

Toshi

困難な場合の一点集中撃破

問題が重なって、立て込んで、頭の中がぐちゃぐちゃになることは誰にもあると思う。

 

そんな時は、辛くても、もっとも大事なこと、今しか出来ないことから、一つずつ集中的に取り組もう。

 

戦略論の大家(たいか)であるクラウゼウィッツ風に言えば、一点集中撃破だ。

 

一点集中するのは意外と難しい。

 

一点集中撃破のことを、バカになるともいう。

 

男は時々バカになれなければいけない。そう思う。

 

令和の外科医(米中戦争は孫子とクラウゼウィッツの戦いだと思う)

チャイナの天才性

チャイナ(=支那)という国は、人を欺くことに本当に長けている。

 

まず、その呼称だ。日本に対して、「中国」という何やら得体の知れない名前で呼ぶことを強制する。中という漢字には中道とか中立とか中庸から連想されるとおり何となく良い意味を感じさせる。

 

まず言葉で仮面をかぶって日本人を欺いているのだ。

 

今回の武漢コロナウイルス だってそうだ。各国に、COVID-19などという得体の知れない名称を押し付け、日本のメディアでは新型コロナウイルス としか言わせない。これも得体の知れない名前。

チャイナは情報戦に本当に強い。

 

世界に流れる情報を巧みにコントロールしているところが、狡猾だ。

 

令和の外科医(中国とは言いません。チャイナと呼びます)

ある日突然、なくなることに備える

日常は、ある日突然、いとも簡単に、失われる。

 

もちろん、滅多に起きることではない。しかし、それに対処できる人間が、どれほどいるのか。

 

もちろん、ほとんど起きず、起きたとしても被害が大したことのないケースに対しての対処を準備する必要性は低い。

でも、確率は低くても起きた時の被害が甚大なものに対する対処は考えておくべきだ。

そして、それが起きた時に、状況を正しく認識して、出来るだけ準備したとおりに理性的に対処する必要がある。

 

そういう対処を考える時間を、作る必要があるなあ。

 

令和の外科医(新型ではなく武漢コロナウイルスと呼称します)

学者の話がつまらない理由

学者の話は、大体つまらない。大学に行った人なら分かると思うが、講義で話している教授の話というのは大体つまらない。
その理由として、興味の対照が一般市民とは違うから、すごく一分野に特化しているから、ということがよくいわれる。
しかし、僕は、話はそれほど単純ではないと思う。
 
そこで、本稿では、学者の話がつまらない理由を、「順を追って」解説する。
 
まず、学者の仕事というのは、現在存在するデータや知見(=論文、研究結果、エビデンス)を集めて、
それをまとめたり、データを集めて新しい知見を作り出したりすることである。
(学者として認められる知見を作るには、「差」を出すことが大事なのだが、これに関しては他稿にゆずるとしよう。)
その際、学者は大量の文献を頭に入れる必要がある。つまり、学者の頭の中には、大量の知識・情報が入っているのだ。
 
ポイント①学者の頭の中には、大量の知識・情報が入っている
 
たくさんの知識が詰まってるがゆえに、その中で、聴衆が「聞きたい」事柄を選んで話すというのは相当難しい。
芸人や噺家は、素人が面白くないと思う話でも、面白く話すことができる。
逆に、芸人や噺家の「すべらない話」をそのままコピーしても、友人の前で全くウケを取れなかったという経験が、
皆さんの中にも少なからずあるのではないだろうか。
自分の中で伝えたいストーリーがあったとしても、それを適切に相手に伝えるというのは、実は相当に難しい。
 
ポイント②ストーリーを適切に(感情も交えて)相手に伝えるのは、相当難しい
 
さて、ここで、話し手が、僕ら一般市民ではなく学者の場合を考えてみよう。
さきほど、学者の頭の中には、大量の知識・情報がつまっていると述べた。
学者が仮に、「起承転結」の話をしようと思う場合、
持っている知識が多いために、もう、起承転結の起の部分で、話すパターンが100パターンくらいあるわけだ。
(一般市民だったらせめて10パターンくらいだというのに。)そうすると、その起承転結が聴衆のニーズに「カチッとはまる」
確率というのは、相当低くなる。
言い換えれば、もともとの知識が多い分、その中で適切な知識を選んできて組み立てるということの難易度が一般市民よりも高くなるわけだ。
 
ポイント③頭の中に大量の情報があればあるほど、その中から適切なものを選んで組み立てる難易度が高い
 
そういうわけで、学者の話は「面白みがなく」聞こえる。聴衆のニーズに合わせきれてない部分が多いからだ。
もちろん、講演などとてもお上手な学者の先生もいる。しかし、それは少数派だ。
では、私達一般市民は、学者の先生の話を面白く聞くことはできないのであろうか?
私はそうは思わない。
 
対談、つまり、インタビューの形にするのだ。
つまり、情報を(無論発信者の意向に沿った形で)切り取って、受け手にわかりやすい形に変える。
それは、現代社会でいえばメディアの仕事だ。
メディアはメディアで大変だと思うが、是非、有益な研究結果を一般市民に広く伝え、国民生活(=経済)に貢献できるように
頑張ってほしいと思う。
 
大学の講義に関しては、大学院生などとの対談という形にすればよい。
そこまでいかなくても、スライドをQ&A方式にするのもよい。そうすれば、必ずや学者の発信能力というのも上がってくるだろう。
 
さて、ここまで「なぜ学者の話はつまらないのか?」について述べてきたが、お分かりいただけただろうか。
対談の存在意義、情報を切り取るメディアの存在意義も、同時にわかっていただければ幸甚である。
 
令和の研修医

映画レビュー「孤高のメス」

彼のメスは、孤高なんだ。





ここでは極力ネタバレはしませんが、研修医で外科をローテする子や、
これから後期研修で外科を目指す人には是非観てほしい映画です。


孤高のメスについて4つのトピックスを解説します。


①心に残ったシーン
「医師で居続けることは、医師になることの何十倍も難しいんだよ」
その通りだと思いました。
もちろん、続けることが始めることよりも難しいのは自明です。
しかし、医師をやっていると、「自分は医師を続ける資格があるのか?」という問題に
幾度となく遭遇し、苦しみます。


②主人公当麻先生のメスは孤高ではありますが、それは決して彼の独壇場、スタンドプレーというわけではありません。
むしろ手術場のチームワークをものすごく重視します。
手術場で都はるみをかけてよいか?を多数決する場面などは象徴的といえるでしょう。


③最後に、脳死という概念について、少し解説します。
脳死は、臓器移植ありきで生まれた死の概念です。
臓器移植を行う側としては、
「現在刹那的に呼吸と循環が保たれていて臓器が生きているけれども、
放っておいたら呼吸や循環のサポートありでも短期間のうちになくなってしまう」
という「予後予測のための診断」が必要です。
この診断名を脳死といいます。


いわゆる植物状態では、大脳だけが死んでいて脳幹は生きているため
意識状態は昏睡でも生き続けることは可能です。その際人工呼吸は必要でないことと必要なことがあります。


では脳死とは?どのような状態でしょうか?脳ヘルニアがひどく、昏睡で、瞳孔も開いている状態では、
脳幹は死につつあります。しばらくは生き続けられるかもしれません。
しかし、この脳の状態はいずれ呼吸にも影響を及ぼします。たとえ人工呼吸を行ったとしても、
十分な呼吸は難しくなります。
呼吸の影響は循環におよび、救急のABCDすべてがダメに(生体としての機能を保てなく)なります。
そうするとしまいに臓器機能も廃絶し、移植はできなくなります。こうなると、脳死ではなく
死亡です。


だからこそ、脳死状態のドナーから臓器を取り出すことが許容されるわけです。
バイタルがとれる患者のバイタルをとれなくするのですから殺人に見えなくもありませんが、
どのみち死亡し臓器機能が廃絶する脳死患者だからこそ正当化されるというわけです。


④医師として、当麻先生に見習いたいところ
・手術記録は病院が変わってもいつでも取り出せるように、ファイリングしておこう。
いまからはじめよう。
・耐えて、耐えて、耐えて、地道に。
・目の前の患者を救う。それが外科医にとって一番重要なこと。


令和の研修医
 

鎌倉幕府はなぜ生まれたか?

鎌倉幕府の成立が1185年とか1192年どっちなんだとか騒がれてるみたいですが、僕としては1192年のままでいいと思います。

 

今日は、そんなことはどうでもよくて、鎌倉幕府が成立した理由についてです。

 

あくまで私見にはなるのですが、朝廷の情報網ってのはいつの時代もすごい。先見の明をしっかり持っていると考えられます。

貴族の世の中から武士の世の中になったのは、朝廷とそれに仕える貴族たちが、外国の情報を集めた結果、元などの外国勢力が台頭していることを突き止め、日本を武装させることが必要と考え、武力増強を図ったからではないでしょうか。

 

決して、朝廷を押しのけて武士が天下を取った、というわけではありません。

すべては民が、安全に豊かに暮らせることが大切なのですから。

 

ちなみに、元寇は、台風がやってきて偶然勝ったんではなく、ちゃんと鎌倉の武士たちが戦って元軍を壊滅させたというのが史実です。

 

鎌倉幕府が成立して、鎌倉時代になって、その鎌倉時代に突然外国勢力が攻めてきて、追い返したって、どうもタイミングが良すぎると思いませんか?

 

令和の研修医(日本の核武装に賛成しています)